2016年10月22日

スタンリー・キューブリック、最後の巨匠

スタンリー・キューブリックは日本でも崇拝者の多い映画監督です。私自身は映画に何の興味もなかった高校時代、彼の「2001年宇宙の旅」を見て映画好きとなり、一時期は日に3本見ないと気がすまないマニアになりました。
「2001年宇宙の旅」に限らず、映画という表現手段にどれだけの可能性があるかを感じさせる力を彼の映画は持っています。

自分の資金で映画を作り始める

その映画からキューブリックに興味を持ち、生涯を調べてみると、感心するのは、キューブリックがまったくの徒手空拳で映画作りを始めたことです。
高校時代からカメラ好きで、卒業後は大学にゆかずに雑誌ルックの専属カメラマンとなり、そこで貯めたお金で短篇映画を自主製作。ここから長篇へと進み、「恐怖と欲望」「非情の罠」を監督しています。

これらも全くの自主製作で、ハリウッドのメジャースタジオやその他の企業からの資金はまったくもらっていません。今のようにビデオで安直に映画が撮れてしまう時代とは違い、35ミリフィルムでの撮影ですから、照明や現像などにも気を使う必要があり、二十代の青年がろくなスタッフもなしに長編映画を作るのがどれだけ大変か、思い半ばに過ぎるものがあります。

確かにこの二つの長篇はのちのキューブリック作品と比べると素人くさいものですが、製作できただけでも大したものです。

「現金に体を張れ」「突撃」

それから若手のプロデューサーとコンビを組み、「現金に体を張れ」「突撃」の2作を発表します。これらは完璧にプロフェッショナルな映画で、今見ても全く古くなっていません。

キューブリックの映像に関する優れた感覚が随所にあらわれていて、例えば「現金に体を張れ」での部屋の中でマシンガンを乱射する場面、「突撃」での塹壕シーンや敵陣に突撃をおこなう場面など、構図やカメラワークに独自の工夫があって思わず唸らされます。

初めての大作

前記二作が評判になり、キューブリックのもとには色々とメジャースタジオのオファーが舞い込みます。マーロン・ブランドの主演映画を撮るという話もありましたが、ブランドと衝突してご破算。

その手が空いたところに来たのが、「突撃」で一緒に仕事をしたカーク・ダグラスからの「スパルタカス」演出依頼です。もともとは他の監督がやる予定でしたが、撮影開始1日目で解雇処分となり、急遽後釜の監督が必要でした。

「突撃」での演出ぶりを気に入っていたダグラスが、製作者の立場でオファーしてきたのです。
気に添わない請負仕事でしたが、キューブリックはこれを引き受け、ローレンス・オリヴィエやチャールズ・ロートンといったイギリス劇壇の大御所に演技をつけます。

この時のキューブリックはまだ30歳を過ぎたばかり、大作の演出経験などもちろんありません。その重圧は相当なものだったと思いますが、彼はそれを跳ね除け、作品を完成させます。
結果「スパルタカス」はハリウッド史劇のなかでも「ベン・ハー」と並ぶほどの傑作となり、その存在をハリウッドに示しました。

ポルノグラフィの映画化

ハリウッドで大きな注目を集めるようになったキューブリックは、次作に大胆な企画を持ってきます。

その頃、その内容が「ポルノグラフィか文学か」で論争を巻き起こしていたウラジーミル・ナボコフの小説「ロリータ」の映画化です。
中年男と12歳の少女の恋愛という題材は、それを映画にするというだけで1960年代アメリカでは十分スキャンダラスで、キューブリックは世間の煩さを避けるようにイギリスへと渡り、この映画を製作します。

出来上がった作品は賛否両論でしたが、キューブリックにとってはハリウッドを離れての製作環境が快適だったらしく、以後死ぬまでイギリスに住み続けることになりました。

SF三部作

イギリスに製作の根拠地を置いたキューブリックは、いよいよその本領を発揮し始めます。
以降に作られる三つの作品はいずれも舞台が未来となるSFで、その全てがアカデミー賞監督賞候補となりました。

まず「博士の異常な愛情」は、冷戦下の国際情勢を背景に、一人のアメリカ軍将校の暴走から核戦争が勃発するまでをシニカルに描いたもので、その辛辣さはこの手の近未来政治ものでもずば抜けています。日本では全くヒットしませんでしたが、アメリカではいまだにコメディの古典とされています。

そして続いて作られたのが「2001年宇宙の旅」。キューブリックの名声を巨匠クラスにまで押し上げた傑作で、おそらく今後も映画史上のベストテンに選出され続けるでしょう。
さすがに50年近く前に作られただけに特殊撮影は古く、2001年の""未来""として描かれる世界のディティールは苦笑せざるを得ないものがあるのですが、宗教的に神とされる存在を地球外生命体としてとらえ、合理的に解釈した脚本、そしてそれを人間の目から神秘的に描いた箇所などはその演出ぶりが際立っていて、何度見ても感心させられます。
投げられた骨が落下の途中に宇宙船に変わるところは、映画館で見るといつも観客が声を立てる名場面です。

そして次の作品は「時計じかけのオレンジ」。
もともと次作には「ナポレオン」を撮るつもりで撮影直前までいったのですが、ナポレオンを題材にした他の監督の映画が興行的に大失敗したため、突然製作中止。急遽、以前読んだことのあるアンソニー・バージェスの小説を脚本化して、製作したものです。
ここで描かれる近未来は「2001年宇宙の旅」とは違って暗澹たるもので、その暴力と性の横溢は製作時のカウンター・カルチャーの影響もありますが、現代の目から見ても強烈そのものです。
イギリスではこの映画を真似た暴力事件が多発して、キューブリックも自分の家族への脅迫がされるに及んで、ロングランになっていた上映を中止してもらったということです。

興行的失敗からベストセラーの映画化へ

未来から、キューブリックの目は過去へと向けられます。
バリー・リンドン」は幻に終わった「ナポレオン」製作準備での資料を活かし、サッカレーの同名小説を映画化したもので、19世紀を舞台にしたコスチュームものです。

ここで特筆すべきは何と言っても撮影技術で、電気というもののなかった当時の室内場面をなるだけリアルに再現するために、キューブリックはNASAがアポロ宇宙船での撮影用に開発した特殊なレンズを使い、ロウソクの光だけでいくつかのシーンを撮っています。
その効果は抜群で、他の場面の撮影にしろ、19世紀が舞台の映画の中では類を見ないルックの作品となり、アカデミー賞撮影賞を受賞しました。

しかし、大げさなドラマ性を排除したスタティックな演出は一般には晦渋なものと見なされ、興行的には失敗。あくまで自主的な作家性を保ってきたキューブリックも、ヒットを目指す映画作りを迫られます。

そこで彼が選んだ題材が当時まだ新人作家だったスティーブン・キングの「シャイニング」で、ホラーという特殊なジャンル映画によって興行的成功を狙ったのです。主演には「ナポレオン」でタイトルロールを演じるはずだったジャック・ニコルソンを迎え、満を持した陣容で臨んだこの映画はキューブリックの思惑通りに大ヒットしました。
批評的には賛否両論で、どちらかと言えば不満の声が多かったのですが、年を経るごとに賛辞が増え、いまではホラーの古典的傑作と見なされています。

最後の2作

続く「フルメタル・ジャケット」は「突撃」という優れた戦争映画を作ったキューブリックが、ベトナム戦争を題材に再び戦場の様相を冷徹に描いた意欲作で、「シャイニング」と違ってほとんどの批評家から絶賛を受けました。

前半部を新兵の訓練、後半部をベトナムの戦場とはっきり二つに分けた大胆な構成で、特に前半部はおびただしいフォーレターワードが氾濫して呆気にとられます。無駄なショットがなく、完成度が高いという点で、この部分はキューブリックのキャリアの中でも完璧と言っていい出来栄えでしょう。
後半では「シャイニング」同様の大胆なステディカムによる撮影が見もので、スピルバーグの「プライベート・ライアン」はこの映画の強い影響を受けています。

その後、様々な企画が出ては消え、キューブリックはほとんど引退状態に入ってしまいます。

そしてようやく重い腰を上げたのが、トム・クルーズ、ニコール・キッドマン主演の「アイズ ワイド シャット」で、結局これが遺作となりました。

シュニッツラー原作によるこの映画は、特に大掛かりな場面がないにもかかわらず、キューブリックの凝り性ぶりが災いして撮影期間が1年を越えてしまい、「撮影期間が最も長い映画」としてギネスブックに記載されています。
ショットひとつひとつの見事さはいかにもキューブリックらしいのですが、全体として見ると、雰囲気が重い割には内容がないという感じがします。

映画史に残る最後の巨匠

キューブリックのキャリアを振り返ると、「この人はまさに映画を撮るために生まれてきたのだな」という気がします。

十代でカメラに興味を持ち、その延長で映画を作り始めたその資質は、文学や演劇には向かない純粋な映像的な才能です。ビデオによる映画作りの時代に入り、ネットの影響もあって、映画監督で巨匠と呼ばれるような才能は出にくくなっています。

キューブリックはフィルム時代にその才能を存分に開花させた幸運な天才でしょう。映画界での最後の巨匠と呼ぶにふさわしいと言えます。

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