2016年10月08日

「エルトン・ジョン」は永遠に輝き続けます

エルトンジョンは、1970年に作詞家のバーニー・トーピンとコンビを組んで、イギリスでデビューをした有名なミュージシャンです。
このエルトンジョンにまつわる思い出をエッセイでまとめてみました。

エルトンジョンとマディソン・スクエアー・ガーデン

エルトンジョンは1970年に作詞家のバーニートーピンとコンビを組んで、イギリスでデビューしました。YOUR SONG(僕の歌は君の歌)はものすごいヒット曲になって、エルトンジョンを世界中に知らせることになりました。
そんなエルトンジョンは世界中でコンサートをしていますが、特別視しているのが、ニューヨークのマディソン・スクエアー・ガーデンです。エルトンジョンは世界中で一番コンサートをするのが楽しいと語っています。

1974年、エルトンジョンがマディソン・スクエアー・ガーデンでコンサートをしていたら、飛び入りで元ビートルズのジョンレノンがステージに上がってきて、3曲を一緒に歌ったのです。その時のことをエルトンジョンは一生忘れられない素晴らしい出来事と言っています。
そういうこともあって、エルトンジョンにとってマディソン・スクエアー・ガーデンは特別な場所になったのです。そして、60歳の誕生日の記念コンサートもそのマディソン・スクエアー・ガーデンで行いました。

同性愛者として父になる

エルトンジョンは同性愛者で今はデイビッドファーニッシュというパートナーと結婚しています。そして、今から6年前に代理母を介して、第一子をもうけました。エルトンジョンは子供が欲しくてたまらなかったのです。

代理母を通して子供を作ることをする前に、養子を取ろうとしましたが、彼が高齢だったことやゲイだったことが原因でかないませんでした。そして、代理母を通して子供をもうけると、翌年にも同じ母親から第二子を手にしました。エルトンジョンはこの二人の息子をこよなく愛していますが、甘やかすことはなく、お小遣いもお手伝いをした時だけあげたりしているようです。

遺産も息子たちには残さないと明言していて話題になりました。息子たちには普通の生活を送って欲しいという親心で、お金を稼ぐことの大変さを知って欲しいと言っています。

イギリスが認めたスーパースター

1997年、パリでダイアナ元妃が亡くなった時に、葬儀の時に教会で自身のヒット曲の一つでもあるCandle in the Windの替え歌、Goodbye England's Roseという曲にして歌いました。

その曲はバーニートーピンによって歌詞が書き換えられていて、今まで売れた最高のシングルアルバムになりました。エルトンジョンはダイアナ元妃と親交があり、その前に亡くなったジャンニヴェルサーチ氏の葬儀の時には横に座っていました。

エルトンジョンはジョンレノンを始め、ジャンニヴェルサーチ、ダイアナ元妃と次々に友達を失っていきました。その度にエルトンジョンは強くなり、行動的になっていくのでした。

ファンを大切にするエルトンジョン

エルトンジョンのコンサートで特筆すべきところは、コンサートのステージが低いところにあります。そして、ステージと客席の間にフェンスなどもありません。ファンとのつながりを大切にしているのです。観客はステージに寄りかかってエルトンジョンの歌を聴くことができますし、時にはステージの上に観客をあげて歌ったりもしています。

ファンがいてこそ今日の自分があるとコンサートの時にも何度も言っています。本当にファンを大切にしているのです。

去年の日本の来日コンサートの時には、ステージから観客にサインをするプレゼントもしてくれました。

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