2016年10月13日

走塁のスペシャリスト鈴木尚広が引退!歴代最高とも言われる走塁技術に幕

「走塁のスペシャリスト」と呼ばれ、プロ野球においてあまり注目されることのない走塁のみで数々の勝利を掴み取ってきた、鈴木尚広が現役引退を発表しました。
晩年はほとんど全てが代走としての起用となりながらも、ほとんど100%に近い盗塁成功率を誇り、塁に出るだけで対戦相手にプレッシャーを与え、度々逆転のランナーとして塁に帰ってきました。

塁にいるだけで相手をパニックに陥れる

もしかしたら鈴木尚広のことをあまり知らない人からすれば大げさに聞こえるかもしれませんが、鈴木尚広が代走に出ただけで対戦相手はパニックに陥ることが何度もありました。
代表的なのは次の動画の試合です。

9回、盗塁成功率が極めて高い鈴木を塁に置いているにも関わらず、牽制を怠り、やすやすと2塁盗塁を許すと、バント処理の間に3塁へ激走する鈴木がプレッシャーとなりエラーをしてしまい、同点に追いつかれてしまいます。

さらに延長11回、併殺崩れで1塁に出ると、そこから再び盗塁、さらにワイルドピッチで3塁に進むと、そこからボテボテのあたりから快速を飛ばしてサヨナラとなる本塁生還をして、文字通り走者としてだけで試合に勝利した試合です。

このような展開は一度や二度のみならず、特に晩年の鈴木は相手をあざ笑うかのような走塁を何度もこなしてきたため、対戦相手にとって鈴木は逆転を呼び込む嫌な記憶が刻み込まれ、ただ塁にいるだけで大きなプレッシャーになる存在だったのです。

影のMVPと呼ばれた2014年シーズン

神走塁として今でも語り継がれているのは2014年7月15日のヤクルト戦でしょう。
最終回の12回裏に2アウト2塁で鈴木が2塁走者となっていました。

バッターの巧打者の橋本到であるため、外野は前進守備で鈴木の生還をなんとか防ごうとしています。
そして橋本がライト前にヒットを打ちますが、ライトは強肩の高井雄平。高井は元ピッチャーで最速155キロを投げていたこともある強肩の持ち主です。

本来ならとても本塁に生還できる状況ではありませんが、鈴木は本塁に突っ込み、相手キャッチャーの背中側から手をホームベースに差し込み、奇跡的な生還を果たします。全くスピードを緩めず、背中側を回るスライディングは世界でも塁を見ないほどの走塁技術です。

これは単に足が早いからこそ可能は生還ではなく、スピードを殺さずに相手の背面に回るスライディング技術こそ目を見張るシチュエーションです。
鈴木はこのシーンに限らず、走塁技術がずば抜けており、盗塁のシーンでも通常の選手よりもスライディングの幅が短く、そしてスライディングでもスピードが落ちないという特徴があります。

長らくレギュラーとベンチの間をさまよい続けてたプロ野球人生

このように現在では走塁のスペシャリスト、神様とさえ呼ばれる鈴木ですが、そのプロ野球人生は決して順風満帆ではありませんでした。

プロ入りからその走力を買われていたものの、現在のような卓越した走塁技術は当初から持ち合わせていたわけでもなく、単なる足の速さだけで起用されるほどプロの世界は甘くありません。
怪我しがちな体質で、また非力だったこともあり打撃に課題があり、当初の2年間は2軍で生活します。

2年目に2軍で盗塁王を取ったことから、1軍でもその足を買われて、3年目の2002年に1軍へ昇格し、早々に初盗塁を記録します。
中でも印象的だったのはその年の日本シリーズ、松坂を擁する西武との一戦で、当時全く無名の選手だった鈴木が第4戦に勝利を呼び込む好走塁を見せ、逆転の生還を果たし、この試合で巨人は日本一を獲得しました。

しかしそれからキャリア終了に至るまで、10年以上もの間ついにはレギュラーとして1年間スタメン出場を果たす事はありませんでした。課題と言われていた打撃は徐々に改善し、打率3割を超えるシーズンこそあったものの、通算本塁打はわずか10という数字が示すように長打力に欠け、12球団でも最も競争が激しい巨人の外野陣において、若手からの突き上げもあり、1年を通してスタメン出場を果たすまでのインパクトは残せなかったからです。

やがて松本哲也、長野久義といった現在でも巨人で活躍する選手が対応してくると、再びベンチ要員としてスタメン出場することはめっきり減ってしまいます。
既に年齢も30に近くなっていましたが、年齢とともに走塁技術は円熟味を増しており、スタメンよりも代走要員として原監督から信頼を勝ち取ることに成功します。

200盗塁以上の選手では歴代最高の盗塁率

鈴木はレギュラーとして定着しなかったことから、一度も盗塁王を獲得したことはありません。
一方で200盗塁以上を記録した選手のうち、盗塁成功率は.8290を数え、広瀬叔功の.8289を抑えて史上最も高い成功率をマークしています。

特に最終年となった2016年には10度の盗塁を試みて全てに成功させるなど、引退までその走塁技術は全く衰えることはありませんでした。
かつてセ・リーグで5年連続盗塁王を獲得した赤星憲広ですら鈴木のには舌を巻くほど、もしかしたら歴代でも最高の走塁技術を持っていたのかもしれません。

少なくともここ最近のプロ野球において、ただ塁にいるだけで相手を窮地に陥れることができる選手は鈴木尚広ただ一人でした。

悔いの残るラストプレー

鈴木のラストプレーは非常に悔いの残るものになってしまいます。
クライマックスシリーズのファイナルステージをかけた、ファイナルステージの最終戦。9回裏にノーアウトで1塁にランナーを置くと、高橋由伸監督はすかさず鈴木を代走に送ります。

これまで幾度となく見てきた光景。おそらく鈴木が本塁に還り、巨人がファイナルステージ進出を決めるだろうと多くの人が思っていたことでしょう。

しかし、ここで鈴木はDeNA田中の巧みな牽制の前にまさかの牽制アウトとなってしまいます。
田中が足を上げた時に投球開始と見た鈴木は盗塁を試みますが、それは田中の罠で牽制のモーションだったのです。一旦前に進んでしまったことで、塁から大きく離れ、慌てて一塁に戻るも間に合いませんでした。

この回千載一遇の好機を逃した巨人は、11回表にDeNAに劇的な決勝打を打たれ敗戦。鈴木にとってはまさかの形で巨人は2016年シーズンを終えることになります。
そして鈴木はこのプレーを最後に引退。鈴木自身はこのプレーがキッカケで引退した、ということは否定しているものの、心に大きく引っかかるものがあったようです。

巨人生え抜き選手として20年間のキャリアに幕

鈴木にとって大きな転機になったのは第一次、第二次の原監督の時代でした。
当時二軍にいた鈴木を一軍に抜擢し、足で相手をかき乱す作戦を採用したのは第一次原政権であり、走塁のスペシャリストとして名を馳せたのも、第二次原政権が鈴木を代走要員に固定したからです。

今でもプロ野球の花形はバッティングであり、中でも大きなアーチを描けるホームランバッターには一際注目が集まります。
それでも走塁という地味な分野にも目を傾けさせ、「走塁のスペシャリスト」としてファンを湧かせてきた鈴木は紛れもなく特別な存在でした。

もうあの神の走塁は見られることはなく、巨人一筋20年のキャリアにそっと幕が降ろされます。

2016年シーズンのセ・リーグで活躍したプロ野球選手をランキング形式で紹介
2016年シーズンのセ・リーグで活躍したプロ野球選手をランキング形式で紹介
この記事は、運営チームとユーザーの投票によって「おすすめ」された、2016年シーズンに活躍したセ・リーグの球団に所属する選手を、ランキング形式で紹介しています。 プロ野球の記事は以下のようなものもありますので、是非読んでみてください。 【パ・リーグ】活躍した選手 / 打率 / 本塁打 / 投手勝利数 【セ・リーグ】活躍した選手 / 打率 / 本塁打 / 投手勝利数 いよいよ大詰めのプロ野球のペナントシリーズを振り返りつつ、読んでいただければ幸いです。

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