せつなくなる青春小説、『プシュケの涙』
柴村仁著、メディアワークス文庫から刊行されている、「プシュケの涙」という小説をご紹介します。
- メディアKindle版
- 作者柴村仁
- 出版・メーカー講談社
- 発売日2014-11-14
著者の柴村仁さんについて
「我が家のお稲荷さま。」という作品で電撃文庫からデビューされていて、アニメ化もしているので、そちらをご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
『プシュケの涙』は、そんな柴村仁さんが新しい境地を切り開いた作品とのことです。私はメディアワークス文庫でこの作品を読みましたが、『プシュケの涙』も、最初は電撃文庫から刊行されています。
なお、ペンネームのイメージとは裏腹に、ご本人は女性だそうです。
カテゴリーにとらわれない小説
著者プロフィールのところで、本書により「既存のカテゴリーにとらわれないその作風が高い評価を受ける」とありましたが、確かに、この本のカテゴリーは何? ……と聞かれると、即答できないものがあります。
最初は、ミステリーかな、と思うのです。校舎から飛び降り自殺してしまった少女、吉野彼方の死の真相を探るという形でストーリーがはじまっていきますし。
それに、物語前半の語り手は、苗字が榎戸川(えどがわ)というばかりに、この物語のキーマンである”変人”由良から、「コナンくん」というあだ名をつけられちゃいますしね(笑)。
しかし、読み終えてからこの物語を俯瞰すると、単なるミステリーという枠では語れない気がします。恋愛小説という言葉も浮かびましたが、この物語では、十代の少年少女の明確な恋愛模様が描かれているわけではありません。
あえて言うなら、決して取り戻せない時間を切り取るような残酷さを併せもつ「青春小説」というのが妥当かもしれません。
"変人"由良の魅力
この物語の魅力を挙げるのに欠かせないのが、由良というキャラクターの存在です。
突拍子もないギャグを言いながら登場したかと思えば、コナンくんを巻き添えにして亡くなった少女の自宅に不法侵入するなど、とにかく言動も行動も予測がつかない。
「宇宙人」というあだ名をつけられていることも納得できてしまうし、それでいて実はとても頭が良く、絵の才能にも溢れていて……。
そんな、一体何を考えているか分からない少年が、なぜ少女の自殺の理由にこだわるのか、由良の言う「吉野彼方との因縁」とは何か……真相が浮かび上がってきた時、その決して「語られない」想いにこそ心を打たれることになります。
残酷だけど、とてもキレイな物語
謎解きが終わった後に、物語後半は時間軸が過去へと遡り、亡くなった少女吉野彼方が語り手となります。
言葉が乱暴で不器用な少女は過酷な世界を生きていて、その上、自分が遠くないうちに死んでしまう事実を知りません。それでも刹那的に生き抜こうとする彼女の姿に哀しみを覚えます。
ですが、その痛みや哀しみは、ただ重たいものではありません。
彼女が大切な人のために描く、色とりどりの蝶の絵に彩られるかのような、瞬間的なきらめきをともなった痛みなのです。
幸せになるべきだった少女を取り戻せない現実こそが、青春という時代の美しさと残酷さを同時に描いているようです。
その後の物語
『プシュケの涙』は、メディアワークス文庫で『ハイドラの告白』『セイジャの式日』という作品を加えた3部作となり、由良のその後の物語が描かれています。
物語の前半、後半で語り手が交代するという構成は3冊とも変わらず、いずれも不器用な人たちの恋や葛藤が描かれます。
何を考えているかわからない由良が語り手となることは最後までありませんが、物語のかなり最初の部分から、「トラウマはあって当然」という持論を展開する由良の見えない想いが、呼吸するように未来へと響き続けていく姿がいつまでも心に残ります。
世界観を丁寧に描き出すイラスト
美術部所属である由良と、吉野彼方(二人の持つ因縁は、これだけのことではありませんが)は双方とも絵の才能に恵まれています。
そんな二人の美しくも切ない世界に実際の絵を添えているのは、也さんというイラストレーターですが、鮮やかな蝶の群れの絵は、吉野彼方が作中で描く作品や、世界観そのものとも呼応し、物語を印象付けるのに欠かせない存在となっています。
大切な本として、ずっと手元に置いておきたい一冊です。