2016年11月02日

小説「一瞬の風になれ」は一瞬にかける青春時代のドラマが詰まっている

「一瞬の風になれ」。
この小説を手にしたきっかけは、暇さえあれば漫画を読むか携帯電話でラインをしてるかばかりの娘に、本を読む楽しさを知って欲しかったからです。

中学で陸上部に入り、100メートルの短距離選手として頑張っている娘にぴったりの小説だろうと思いました。この小説は全三巻からなり、「第一部 イチニツイテ」「第二部 ヨウイ」「第三部 ドン」となっています。ためしに第一部を一冊買って来て、娘に読ませる前に自分でまずは読んでみました。
読み始めるとついつい夢中になってしまい、娘のために買ったことも忘れてしまうぐらい私がはまってしまったのです。

主人公とライバルの関係性

この作品の魅力は、主人公の神谷新二と、その同級生で友達でありショートスプリンターとしてライバルの一ノ瀬連の二人の格好良さによるところが大きいです。

主人公の新二は中学まではサッカーをしていたのですが、サッカーの天才プレーヤーと言われている兄のそばで自分に才能がないと感じ、高校ではクラブに入っていませんでした。クラスメイトに誘われてなんとなく入った陸上部で、次第に陸上に打ち込んでいくのです。
中学までサッカーを頑張っていただけあって、タフで練習熱心でひたむきな姿が魅力的なのです。自分で染めた黄色い髪の毛の色を顧問の先生に注意されても、他校の選手に「たくあん」と呼ばれようとも、その黄色い髪の毛をつらぬき通すのですが、3年の大事な大会のときには黒く染めてやる気を表します。

実際に、黄色に染めた陸上選手なんて見たことありませんが、見た目はちゃらいのに中身は練習熱心でひたむきな性格だなんてそのギャップに完全に心惹かれてしまいました。また、緊張しいで、デビュー戦ではお腹の調子が悪くなってしまったり、隣りのレーンと間違ってしまったりするところも可愛いです。

それに対して、ライバルの連は、スラッとしていて運動神経抜群で天才肌のスプリンター。お菓子とSFが好きで、練習が大嫌いな子供っぽい自由な性格の持ち主です。中学2年のときには全国7位までいく才能を持ちながらも中学3年生のときにはあっさりと陸上を辞めてしまいます。
そんな連が、親友の新二が陸上部に入ったことをきっかけにまた陸上をはじめるのです。練習熱心な新二に対して、せっかく才能があるのに練習嫌いな連。自由奔放な連には新二とは違った魅力があります。才能あふれるスプリンターで、いざ連が走り出すと、その美しい洗練されたフォームに誰もが釘付けになるのです。

そんな魅力ある新二と連は100m、200mではライバルですが、4×100mリレー、4×400mリレーでは仲間になります。ライバルでもあり仲間でもある関係がとても素敵です。陸上経験者はもちろん、陸上とは全く関わりがない人たちが読んでもきっと夢中になるかと思います。小説でも十分に試合のハラハラした気持ちを味わうことができます。

恋愛要素も

高校生の物語りなので、恋愛要素も少しだけ加わっています。新二が同じ陸上部の女子に恋をするのです。もとは短距離選手だったその女の子は、記録が伸びずに、長距離へと転向します。
大人しくて、あまりパッとしない女の子で、長距離でも活躍できる選手ではありませんが、努力家で真面目です。新二がそんな目立つタイプではない女の子を好きになったところがまた好感が持てます。

大人しいその女の子は、新二のサッカー選手である兄のファンであり、それをきっかけに仲良くなっていきます。仲良くなるといっても二人で兄のサッカーの試合を見に行ったりする程度です。それぐらいの初々しい高校生の恋愛がかえって新鮮で読んでいて久々にときめくことができました。

新二は、幼い頃からサッカーの天才と言われた兄を持ちずっと憧れとともにコンプレックスを抱えていたでしょうが、陸上とその仲間たちを出会い、コンプレックスから抜け出すことができたのでしょう。また、プロサッカー選手となった兄は、期待されてプロになったのですが、交通事故にあってしばらくサッカーが出来なくなってしまいます。
順風満帆だった兄のサッカー人生にも苦しいときがやってきます。そうやって誰もが苦しいときを乗りこえないといけないのです。ケガにも負けず練習に励む兄を見て、新二もまたひとつ大人になっていくのです。

読んでみての感想

我が家の話しになりますが、娘は小学校の頃から陸上を始め、中学でも陸上部に入りました。100mの選手で県大会で決勝に残るのがやっとです。100mの決勝は、中学生女子なら12~13秒台で走ります。本当にあっという間、一瞬で終わってしまいます。その一瞬のために、毎日毎日、何時間もの練習を重ねるのです。なかなか地味な作業です。

リレーはあるにはありますが、野球やサッカーのようなチームプレーとは違って孤独な戦いです。それでもやっぱり陸上を続けるのは、走ることが好きなんだなぁと思います。私は娘と違って、そこまで一生懸命に部活動に打ち込んだことがなかったので関心するばかりです。娘が陸上を始めたおかげで、娘が走る姿を応援に行くのが楽しみになり、私に新しい知識や楽しみをもたらしてくれました。陸上を通じての知り合いも増えました。娘には感謝しています。そして、陸上に興味を持ったおかげで「一瞬の風になれ」にも出会うことができました。

一冊目を読み終えるとすぐに二冊目・三冊目を買いに行きました。と同時に、娘に一冊目を渡しました。娘の中学では、朝読書といって朝の10分間に本を読む時間が設けられているのですが、その時に読んでみると行って学校に本を持って行きました。学校から帰ってくるとすぐに、「あの本、めっちゃ面白い!」と言って、家に帰ってすぐにまたカバンから取り出して読み出しはじめました。
陸上未経験の私がこれだけこの本にはまったのだから、陸上生活まっただ中の娘がはまらないわけないと思いましたが的中でした。寝る直前まで本を読み、また次の日には学校へ持って行って読んでました。その間、私も夢中になって徹夜して二冊目と三冊目を読みふけりました。

私にはもう何十年も昔の話しである高校生が主役の本になぜこんなにはまってしまったのかというと、前述したとおりに、新二と連の二人の魅力にひかれたからですが、自分もこんな高校生活を送ってみたかったなぁという思いもあります。
こんなイケメンでスポーツマンの同級生がいるような高校生活を体験してみたかったです。そして、自分ももっと部活動に夢中になってみたかったなぁと感じます。ほんの少しの後悔が味わえます。私が憧れるような高校生活がこの本には詰まっているのです。

陸上の大会を見に行ったことがある人ならわかるかと思いますが、陸上の大会で一番といっていいほど盛り上がる競技は、4×400mリレー(マイルリレー)です。バトンを繋ぎながら競い合う姿にハラハラドキドキさせられます。娘の試合を見に行っても、マイルリレーになるとついつい「行けー!」と大声が出てしまいます。この小説の中でのマイルリレーの試合でもハラハラさせていただきました。リレーは4人で力を合わせて走る競技でもあり、走っているときはただ一人で走るという個人競技の面も持ち合わせている競技なのです。400mを全力を走りきるその姿には心を打つものがあり、その一瞬にはたくさんのドラマが詰まっています。

一気に「一瞬の風になれ」を読み終えてしまい、読んでいるときは夢中だったのですが、終わるとさびしくなってしまいました。もっとこうやって夢中になれる本が読みたいと感じたのです。でも、陸上、特に短距離選手が題材となった小説というのはなかなかありません。野球やサッカーに関する小説はたくさんあるのに、陸上はそれだけ小説になりにくいのでしょうか。

作者の佐藤多佳子さんのことは、この本を読むまでは全く知りませんでした。この本は、2007年の本屋大賞にも選ばれているんですね。陸上にまつわる小説を探してこの本に出会ったので、この本が大きい賞を受賞していることは知りませんでした。
ですが、大賞を受賞していると知り、「うん。だろうね。」と思いました。これだけ私と娘が夢中になった本なのだから、多くの人々も感動するに決まっています。まだ読んだことがない人にはぜひおすすめしたい本です。特に陸上関係者やスポーツ関係者には共感する点がいっぱいあって面白いでしょうし、まったくスポーツに興味がない人でも、青春ものとして楽しんで読むことができます。佐藤多佳子さんには、ぜひ、今後、新二と連が大学生になったときの話しを書いてほしいと思います。それを期待している読者は多いに違いありません。

この小説はドラマにもなったことがあるようですが、小説で読んで自分だけの新二と連を想像して楽しむことがお勧めです。青春とスポーツの王道ストーリーですが、走っているキラキラした瞬間を体験できる素敵な本です。「一瞬の風になれ」は読んでいるこちらまで、まるで走り出したかのようなスピード感と風を感じることができますよ。

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