2016年10月28日

作家「奥田英朗」に出会うと日常が楽しくなる

小説やエッセイを読むと単調な繰り返しの毎日がドラマチックに見えてきます。満員バスで体を寄せ合う人、外回りのサラリーマンや子どもを連れて歩く母、目の前に広がる光景を小説の一場面に置き換えて彼らの過去や現在を妄想し、街中の雑踏が一瞬にして小説の世界になります。小説やエッセイとの出会いは読んでいる時だけの楽しみではなく日常生活の面白さの発見になります。私にそのことを気づかせてくれたのが作家の奥田英朗さんでした。

奥田英朗さんとは

奥田英朗さんは昭和34年、岐阜県生まれの作家です。有名な作品では直木賞を受賞した「空中ブランコ」があり、映像化もされた精神科医・伊良部一郎シリーズの一作品です。

私が一番最初に読んだ作品も伊良部一郎シリーズの第一弾「イン・ザ・プール」でした。奥田さんは主に群像劇の作品が多いと思います。
群像劇は次々と巻き起こる事件や出来事が絡み合って新たな展開を生み読者を飽きさせないし、また登場人物と同じ速さでストーリーを追っていけるので小説の世界にどっぷりと浸かることができます。奥田さんの作品もまさにその通りで、私をその世界へ引きずり込み全然現実世界へ戻してくれませんでした。

精神科医・伊良部一郎シリーズ

イン・ザ・プール (文春文庫)
  • メディア文庫
  • 作者奥田 英朗
  • 出版・メーカー文藝春秋
  • 発売日2006-03-10

奥田さんの作品と言えば「精神科医・伊良部一郎」シリーズだと思います。色白の太った精神科医・伊良部一郎がトンデモ療法で患者たちの治療にあたる様子が描かれています。
彼を訪れる患者たちも陰茎強直症やプール依存症、サーカス団員なのに空中ブランが怖いなど、特徴的な症状を抱えた患者さんたちです。

伊良部一郎はいつも甲高い声を出して子どもみたいな挨拶で患者を迎え、症状に関係なく注射を打ちたがり、患者に対して「心身症だね」と嬉しそうに言い、変な性癖を持っている一癖も二癖もある医者ですが、彼とのコミュニケーションがいつの間に患者の心を癒し、症状を改善していくのです。

患者のために閉館したプールにも忍び込むことだって平気な伊良部一郎。一見、常識はずれのおかしな医者が変なことを言っているようなのに、彼の言動、行動、考えは患者の立場に立ち、彼らの凝り固まった価値観をじわじわと解き、時には一気に壊して心を解放してくれます。
日常の出来事の積み重ねがストレスや不安を生み、それが大きくなる程に視野は狭くなり最終的には行き詰ってしまいます。
伊良部一郎と患者の物語は、日常に潜む落とし穴に落ちないように、また落ちたとしてもそこから面白く這い上がらせてくれる教訓が盛り沢山です。

最悪

最悪 (講談社文庫)
  • メディア文庫
  • 作者奥田 英朗
  • 出版・メーカー講談社
  • 発売日2002-09-13

群像劇の作品です。登場人物は鉄工所社長の川谷、銀行員のみどり、ヤクザに弱みを握られた和也、特に接点もなかった3人の物語が絡み合う犯罪小説です。

犯罪小説というと、まずは誰か殺されてトリックを推理していく物語が多いかと思いますが、「最悪」は登場人物3人の日常生活が些細なきっかけから転がり始めて、まさに最悪な出来事がこれでもかと彼らに降りかかり、その展開に拍車をかけるように彼ら自身が思いもよらぬ行動を起こし、後戻りできない最悪な状況でどうするのか、というようなトンデモストーリーです。

この作品も登場人物は一般市民で、描かれる社会も私たちの日常を切り取ったような場面が多く、自分のストーリーのように読むことができます。銀行での業務、やっかいなお客さん、上司のセクハラ、姉弟の関係、鉄工所と住民とのトラブルなどすべて現実社会にあることです。

作品を読んだ後に街を歩くと色んな人が目に飛び込んできて、妄想が始まります。道歩く一人一人に物語があって、その場面を生きている人がいると思うと一喜一憂し、彼らの喜怒哀楽に共感し日常に彩りが生まれます。「最悪」はその名の通り最悪な物語ではあるけれど、最後には日常が恋しくなる作品です。

延長戦に入りました

延長戦に入りました (幻冬舎文庫)
  • メディア文庫
  • 作者奥田 英朗
  • 出版・メーカー幻冬舎
  • 発売日2003-06

奥田さんはスポーツエッセイも書いており、こちらは微笑・笑・爆笑のすべてを網羅したトンデモエッセイです。私はスポーツのことはあまり知らないのですが、このエッセイは、レスリングのユニフォームと乳首の話やメジャーリーガ―の報酬の話、席順とトップバッターの資質の話など、とりあえず取り上げるトピックがどれも面白いのです。

ボクシングの試合ではボクサーではなく応援席の観客に注目したり、足が速いやつがモテるのは中学生までなど、新しいスポーツの見方を教えてくれます。幼い頃父がテレビを独占しプロ野球の日本シリーズを見ていた時に、この本に出会っていればあの退屈な時間が一気に楽しくなっただろうと思います。

奥田さんの作品で日常を楽しく

奥田さんの作品に詰まっている感性や感覚は私が持ち得ないものでした。彼の作品を出会わなければ、日常の面白い出来事に気づくこともなかったと思います。

小説は自分を違う世界と連れていってくれますが、それがより奇想天外な世界であれば、現実社会の物足りなさを感じるときがあります。それが奥田さんの作品では自分の生きている時間や場面をわくわくさせてくれます。

自分の人生につまらなさを感じたときは、ぜひ奥田さんの世界へどっぷり浸かって下さい。

ヴァラエティ
  • メディア単行本(ソフトカバー)
  • 作者奥田 英朗
  • 出版・メーカー講談社
  • 発売日2016-09-21
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