2016年11月01日

スピルバーグも尊敬する巨匠デヴィッド・リーン

初期のイギリス文学の映画化から海外ロケーションによる超大作へ。巨匠デヴィッド・リーンは他の映画監督よりもはっきりと作風を変化させてきました。
技術的な確かさに支えられた演出の見事さは、スピルバーグをはじめ、多くの後進の映画人に大きな影響を与えています。

少年時代

ロンドン市西部のクロイドンに生まれたリーンは、両親がクエーカー教徒だったこともあって、キリスト友会の設立した学校で学びます。学校ではやる気のない生徒だったらしく、やがて大学にはゆかずに学業をやめ、父親の経営する公認会計事務所で働き始めます。

父親はリーンが16歳の時、愛人と別の世帯を持つために家族を捨てました。その血を受け継いだのか、リーンも後に同じような行動を取り、最初の妻と子供を捨てることになります。

映画界へ

会計事務所での仕事は身が入らず、リーンは暇な時は映画館に入り浸りとなります。そんな彼のために伯父が映画スタジオに口を利いてくれて、リーンは雑務担当の見習いとして映画界に身を投じます。19歳の時でした。

そのゴーモン・ブリティッシュ・スタジオで、リーンはお茶くみからスタートし、カチンコ叩き、助監督と昇進しました。ついた監督のうちでも、彼はアンソニー・アスキスから学ぶことが多く、後々まで敬愛の念を口にしています。バーナード・ショウやテレンス・ラティガンの戯曲をよく映画化していたアスキスですが、リーンも劇作家ノエル・カワードがきっかけで監督へと進むのですから、奇妙な縁があったようです。

編集で映画を学ぶ

やがて映画への理解を深めるためには編集をやるべきだと考え、リーンはゴーモン・ブリティッシュのニュース映画の編集者となります。
ベテランになって引き抜きがあって、ムービートーン・ニュース社へ。そのスタジオが劇映画を作るようになり、そのままリーンは劇映画の編集もやることになります。

一流の編集者に

リーンはまもなく一流監督の作品を担当し、尊敬するアンソニー・アスキスの「ピグマリオン」、ガブリエル・パスカルの「バーバラ少佐」、マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーの「潜水艦撃沈す」などで編集者としての名を高めます。

結局、1942年34歳になるまでに30本近い劇映画を編集。「編集をやめて監督をしないか」と声がかかることがあったそうですが、いずれも低予算のB級映画ばかりでリーンはキャリアのためにならないとずっと断り続けました。しかし、ノエル・カワードとの出会いによって、彼はいよいよ映画監督への道を進むことになります。

処女作「軍旗の下に」

劇作家で俳優、おまけに作詞・作曲・歌もこなす才人ノエル・カワードは、1942年、映画の企画を持ち込まれます。製作、脚本、演出、音楽、主演をすべてカワードが担当するというもので、カワードは乗り気でした。

しかし、演劇の世界ではすでにベテランの彼も、映画監督となると不慣れなため、誰かに共同監督を頼みたいと考えたのです。しかも、すでに名声の高い監督では自分の思う通りの共同作業ができそうにないので、映画技術に精通した有望な新人を採用したと考えていました。そこで白羽の矢が立ったのがリーンでした。

リーンはこれこそ待っていたオファーだと考えて承諾します。ふたりの共同監督作として出来上がった「軍旗の下に」は時勢を反映した戦意高揚ものでしたが好評を博し、アメリカのアカデミー賞でも特別賞を受賞。リーンにとっては幸先のよいデビューとなりました。

名作「逢びき」

次の作品から、リーンは単独で演出を始めます。カワードに気に入られたリーンは、彼の戯曲を映像化する許可を得て、1944年「幸福なる種族」、1945年「陽気な幽霊」同年「逢びき」と、3作品連続でカワード原作映画を発表。監督としての地歩を固めます。
しかも、「幸福なる種族」はホームドラマ、「陽気な幽霊」はコメディ、「逢びき」はシリアスなメロドラマ。これらの全く違う種類の題材をそれぞれ見事に演出して、すでに一流の演出技術を持っていることを示したのです。

なかでも「逢びき」はありふれた人妻の不倫という題材を扱いながら、ミステリーのような凝った語り口で意外な真相を最後に明かし、観客をあっと言わせます。おそらくこれがイギリス時代のリーンの代表作ということになるでしょう。

ディケンズ原作の2作品

リーンは処女作からトリオを組んできたアンソニー・ハヴロック・アラン、ロナルド・ニームとシネギルドという製作会社を起こし、そこから作品を発表し始めます(ちなみにロナルド・ニームはこの時は撮影監督を経てプロデューサーになっていましたが、のちに自身も監督となり、「ポセイドン・アドベンチャー」を演出します)。

シネギルド作品の一作目として監督したのが、「大いなる遺産」です。ディケンズの小説はシェイクスピアと並び人口に膾炙したイギリスの国民文学であり、ここでリーンは原作を裏切らない技術的に万全な演出を見せ、高い完成度の作品を生み出しました。

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また、この映画は名優アレック・ギネスのデビュー作であり、彼とリーンは遺作となった「インドへの道」にいたるまで、しばしば険悪な仲になりながらも仕事仲間であり続けます。続く作品も同じディケンズの「オリヴァ・ツイスト」。ここではフェイギン役のギネスが主役を食ってしまうアクの強い演技を見せ、その代表作の一本としています。

低調な時期

続いての「情熱の友」、「マデリーン 愛の旅路」、「超音ジェット機」、「ホブスンの婿選び」はそれぞれ長所はあるにせよ、のちに巨匠と呼ばれるようになるリーンとしてはその力量に見合った出来栄えの映画とは言えません。
かろうじて「超音ジェット機」が、のちの「ライトスタッフ」の先駆となる面白い題材を扱っているだけに見どころの多い映画となっていますが、リーンとしてはやはり畑違いの作品としか言えないでしょう。

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これらの作品が興行的に恵まれなかったこともあって、シネギルドは解散。ちなみに、「情熱の友」を含めた3作はいずれも当時のリーンの妻アン・トッドが主演で、彼女の存在がリーンの演出の眼を曇らせたのでは、と勘ぐってしまいます。

「旅情」で国際的な映画作りに

次の「旅情」で、リーンは長く舞台にしていたイギリスを離れ、ヴェニスでのロケ撮影を敢行します。主演もキャサリン・ヘップバーンというアメリカの大女優で、ここで彼としては心機一転、新しいキャリアの段階に入ったわけです。

そしてそれが吉と出て、この「旅情」は久しぶりにリーンらしい見事な出来栄えの映画となりました。特にラストでの列車の線路を写したところは、リーンの画面構成の素晴らしさを見せつける名場面です。

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アカデミー賞独占の始まり「戦場にかける橋」

「旅情」で復調したリーンは、これまでにない大作に挑みます。ピエール・ブール原作、第2次大戦中のタイ・ビルマ国境の日本軍捕虜収容所を舞台にした「戦場にかける橋」です。

キャストも、日本、イギリス、アメリカと前作以上に国際的となり、ロケーションもスリランカなどの都会を離れたジャングルで、これまでのリーン作品とは大違いです。
彼にとってはかなりのチャレンジだったはずですが、そのプレッシャーを見事にはねのけ、出来上がった映画は批評家の絶賛を受け、興行的にも大ヒット。
アカデミー賞でも作品、監督、主演男優など7部門を独占。リーンの新しいキャリアが始まりました。

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映画史に残る傑作「アラビアのロレンス」

大成功だった「戦場にかける橋」ですが、リーンは同じプロデューサー、サム・スピーゲルのもと、主要スタッフを大幅に入れ替えた上で、次の企画に臨みます。
アラブ独立の立役者となったイギリス軍将校T・E・ロレンスを描く「アラビアのロレンス」で、ここで集結した脚本のロバート・ボルト、撮影のフレディ・ヤング、音楽のモーリス・ジャールは、遺作の「インドへの道」を除き、この後のリーン作品の常連となります。

ロレンス役にはマーロン・ブランドやアルバート・フィニーが考えられていましたが、最終的に映画は数本の経験しかない舞台俳優ピーター・オトゥールを起用。ロレンス役を演じるために俳優になったような彼は、この映画によって一挙にスターダムへのし上がります。

やはりアカデミー賞を独占したこのリーンの生涯の代表作は、スペクタクル場面に富んだ大作でありながら、主人公ロレンスの内面の変化を繊細なまでの描写で捉え、心理的ドラマとしても見応えのある傑作となっています。映画史上のオールタイム・ベストでも常に上位に選ばれ、リーンを敬愛するスピルバーグは新作撮影前にこの映画を必ず見ると公言しています。

"引退"前の2作

続く「ドクトル・ジバゴ」はイタリアの有名プロデューサー、カルロ・ポンティと組んだもので、ノーベル賞を受賞したパステルナークの大河小説を映画化。非常にメロドラマ色の強い作品になり、「ロレンス」ほどの評判は呼びませんでしたが、アカデミー賞では10部門にノミネート。うち5部門で受賞しています。

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それに続く「ライアンの娘」はシネマギルドの盟友アンソニー・ハヴロック・アランを製作に迎えた作品で、「逢びき」などと同じ不倫がモチーフの恋愛ドラマ。アイルランドの海辺の自然をとらえたカメラは印象的でしたが、リーン作品としては珍しくほとんどの批評家から散々叩かれる結果となり、リーンはそれがショックで監督廃業を宣言。実際長い沈黙期間に入ってしまいます。

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復帰作「インドへの道」

リーンは"引退"期間中、好きなE・M・フォースターの本をひとりで脚本化していました。そして重い腰を上げてそれを映画化する決心をしたのが1980年代初め。もう「ライアンの娘」から10年が経っていました。
集められたスタッフは音楽のモーリス・ジャール以外は新しく、ロケーションも高齢のために不安はありましたが、作品は無事に完成。その「インドへの道」は、前作とは違って再び批評家から絶賛されます。

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アカデミー賞では11部門でノミネート。受賞は助演女優賞と作曲賞のみでしたが、リーンの健在ぶりを映画界にアピールしたのです。しかし、結局これが遺作となり、リーンはやはり愛読書だったコンラッドの「ノストロモ」の映画化の準備中に亡くなりました。83歳でした。

黒澤明と共通する技術の冴え

リーンはその出身もあって、作品の編集を自ら行っていました。そればかりでなく、構図の確かさ、その完全主義ぶりなど、黒澤明監督と共通する部分がずいぶんあります。

スピルバーグがこの両方の巨匠を尊敬するのも、そのテクニックの確かさのせいでしょう。リーンの作品がこれからどれだけ見られ続けるかは分かりませんが、おそらく「アラビアのロレンス」を初めとする数作は、今後も映画史に残る傑作として観客を増やしてゆくことと思います。

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